思い出は胸の奥深く
2003年5月4日私が以前住んでいたトコロは、大きなケヤキ並木が続いていて・・
夏の強い日差しも、そのケヤキが遮ってくれて、柔らかい木漏れ日に変えてくれます。
秋は沢山の落ち葉が風に舞い踊って・・
冬はすっかり葉の落ちた枝から、沢山の日が降り注いで・・
春は青い若葉の匂いがして・・ホントに好きな通りでした。
そんな街から子供を送り出せたこと・・とてもシアワセだったと思う。
ある日、トラックが何台も止まり端から枝打ちされ始めました。
その作業は数日間で全て終わりました。
その春の、新芽はだんごのように固まって・・
もう、いつものケヤキ並木ではありませんでした。
その年の夏、アスファルトの歩道は激しい照り返しで、ただただ急いで通り過ぎるだけになりました。
夫婦としての会話もあまりなく、カタチだけで、もう意味をなし得なくなった頃だったから
何だか自分の手足を切られたような感覚で・・
私の居場所はもう此処には無いような気がして、その年の夏、この街を後にしました。
もう、あの通りを歩くことはないんだろうか・・
いつか、この気持ちが全て整理できるその日までこの想いは胸の奥深くに仕舞っておこう。
夏の強い日差しも、そのケヤキが遮ってくれて、柔らかい木漏れ日に変えてくれます。
秋は沢山の落ち葉が風に舞い踊って・・
冬はすっかり葉の落ちた枝から、沢山の日が降り注いで・・
春は青い若葉の匂いがして・・ホントに好きな通りでした。
そんな街から子供を送り出せたこと・・とてもシアワセだったと思う。
ある日、トラックが何台も止まり端から枝打ちされ始めました。
その作業は数日間で全て終わりました。
その春の、新芽はだんごのように固まって・・
もう、いつものケヤキ並木ではありませんでした。
その年の夏、アスファルトの歩道は激しい照り返しで、ただただ急いで通り過ぎるだけになりました。
夫婦としての会話もあまりなく、カタチだけで、もう意味をなし得なくなった頃だったから
何だか自分の手足を切られたような感覚で・・
私の居場所はもう此処には無いような気がして、その年の夏、この街を後にしました。
もう、あの通りを歩くことはないんだろうか・・
いつか、この気持ちが全て整理できるその日までこの想いは胸の奥深くに仕舞っておこう。
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